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『藪原検行』(シアターBRAVA!) [演劇・ミュージカル]

劇団☆新感線の看板役者・古田新太が主演ということでチケットをとった舞台。
脚本は井上ひさし、演出は蜷川幸雄。
初演は、今から30年以上前の1973年とのこと。

時は江戸中期の享保、最初の舞台となるのは塩釜。
小悪党の魚売り七兵衛(段田安則)は、醜女だが気立てのよいお志保(梅沢昌代)を嫁にもらい一度は改心するのだが、お産の金欲しさに行きずりの座頭(六平直政)を殺してしまう。
悪行の因果か、生まれてきた男の子の目は見えなかった。
その子は、塩釜座頭・琴の市(山本龍二)に預けられ杉の市(古田新太)と名づけられる。
性格は七兵衛似、見た目はお志保似の杉の市は、手癖が悪く手も早く、師匠の女房・お市(田中裕子)にまで手をつける始末。
ある日、難癖をつけてきた佐久間検校(六平直政)と言い争ううち、検校の結解(けっけ=晴眼の秘書のこと/松田洋治)を刺してしまう。
塩釜にいられなくなった杉の市は、別れを告げに寄った母の家で誤って母を刺し、駆け落ちしようとお市と共謀して師匠も殺すのだがお市もまた返り討ちに遭うことに。
ひとりになってしまった杉の市は、師匠から盗んだ金を手に江戸へと向かう…。

こうしてあらすじを書いてみると、あまりに救いようのない内容だ。
しかも主人公の杉の市は、塩釜を離れたあとも、強盗殺人・借金の取り立て・師匠殺しの主犯と、さらなる悪事に手を染めていくのだから…。
それでも予想していたよりも陰湿な感じを受けなかったのは、杉の市に古田新太を据えたことが大きな理由だろう。
「悪いヤツなのだがどこか憎めない」「すごみもあるけれど愛敬もある」
己のことだけではなく、母を思い、盲人社会全体の地位向上にも目を向ける悪党。
杉の市はそんな人間味のある存在だった。

では、なぜそんな悪事を働くのか?
そこには彼が生きていた時代に大きな理由がある。

江戸時代、盲人は「当道座」(とうどうざ)という独自の互助組織を構成していた。
それは検行(けんぎょう)・別当(べっとう)・勾当(こうとう)・座頭の4つの官位からなる、16階73刻に細分される身分制度でもあった。
その身分はお金さえあれば買えるもので、官位が高くなれば座に支払う額も増えるけれど、そのぶん身入りも多くなるというシステム。
勢い、競ってお金を稼ぐことになる。
杉の市の場合は、若くして官位を上りつめることを目標にしていたため、悪事に手を染めざるをえない状況がそこにはあったのだ。

もちろん、違う方法で官位を得ていく人もいた。
杉の市とは真逆の方法で道を切り開いたのが、学者でもある塙保己市(段田安則)。
彼は品性を保つことを心がけ、徳を積み学を積んでやはり検校へと上りつめた。
そして、そんな真逆の生き方を選択した保己市と杉の市の間には、同志にも似た心持ちがお互いに芽生えていくのだけれど…。

杉の市もただ悪かったわけではなく、才能もあった人物として描かれている。
「早物語」といわれる浄瑠璃のパロディを語らせると、師匠よりも観客をわかせるその存在。
実際、劇中でも台本12ページにわたる「早物語」を、古田が語るシーンがあった。
『源平合戦』のパロディとなる『白黒餅合戦』。
時間にすると10分ほどもあるひとり語りだ。
拍子に合わせての語りなので、詰まったり言い直したりが許されない長台詞を彼はみごとにこなし、その力を見せつけてくれた。

このほか、小悪党から学者と数役を変幻自在で見せてくれた段田安則、語り役として膨大な台詞で観客を導いてくれた壤晴彦、「女優は魔物だ」と思わせてくれた田中裕子などなど、才能ある役者でかためられた舞台だった。
けれど、なんといってもいちばんすばらしかったのは井上ひさしの脚本に尽きると思う。

日本の歴史の暗部に光を当てた、胸にずしりと来る舞台。
繰り返し見たい作品ではないけれど、見てよかったと思う。

シアターBRAVA!


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コメント 4

じあむ

脚本の良い舞台は見ごたえがあるでしょうね♪
配役もそれぞれに素晴しそうです。
ワタシには時代背景の話がとても興味深いです。
by じあむ (2007-06-18 16:58) 

mikanpanda

じつは、今回、初めて「座頭」というのが官位だとことを知りました。
もう勉強不足で。(^^;;
新しい歴史を知ることができたのも、この舞台を見ての収穫です。

じあむさん・犀川さん、nice!をありがとうございました。(^^)/
by mikanpanda (2007-06-18 22:04) 

あぁ

好きな役者さん勢ぞろい。
田中裕子まで出るとなったら
空気が震えてきそう。
切なく苦しい題材を、重く無いよう見せる
脚本、演出、役者どれを欠いてもダメなのでしょうね。
by あぁ (2007-06-19 11:59) 

mikanpanda

いろいろと考えさせられる舞台でした。
田中裕子さんは初めて見たのですが、嫌味のない色香のある人でした。
着物の着こなしが艶っぽい。
すてきな方でしたよ。

nice!もありがとうございました。(^^)/
by mikanpanda (2007-06-20 11:05) 

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